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広島地方裁判所 昭和39年(ワ)252号 判決

原告

浜本実

右代理人

早川義彦

被告

浜本政一

右代理人

小中貞夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

一、別紙目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

二、被告は原告に対し前項記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告は亡浜本美代子の実父でかつ亡浜本房吉の甥にあたり、被告は右房吉の非嫡出子である。

二、右房吉は昭和三七年一月頃その所有する別紙目録記載の土地(以下本件土地という)およびその地上家屋を永年房吉の事実上の養女として房吉と同居し房吉の世話をして来た前記美代子に対し、その孝養に対する感謝の意味で贈与した。

二、房吉は昭和三七年二月二六日、美代子は同年一〇月二日にそれぞれ死亡し、被告は房吉の原告は美代子のそれぞれ唯一の相続人として権利義務を承継したが、被告は右贈与の事実を争いこれにもとづく本件土地の所有権移転登記手続を履行しないので、請求趣旨のとおり本訴請求におよんだ次第である。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因事実中身分関係、相続関係の事実は認めるが、その余は否認する。

二、(抗弁)

(一)  かりに原告主張の贈与が認められるとしても、それは書面によらない贈与であるから本訴においてこれを取消す。

(二)  右贈与は房吉の相続開始時より一年以上になされたものであり、房吉の遺産は本件土地およびその地上家屋のほかないから被告が房吉の唯一の相続人として有する二分の一の遺留分を侵害することは明らかである。よつて被告は本訴において右贈与につき二分の一の減殺を請求する。これにより、原告は右上地建物につきそれぞれ二分の一の権利を取得するにすぎない。

(三)  被告は本件土地および地上建物を昭和四一年一月八日訴外福富タマヨに売渡し、広島法務局廿日市出張所同年四月二五日受付第四〇一一号をもつて右売買を原因とし福富に対し所有権移転登記手続をなした。よつて、本訴請求は失当である。

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり答えた。

一、抗弁(一)に対し

(一)  (再抗弁)

本件贈与当時房吉と美代子は本件土地の上の家屋に同居して右家屋を使用し敷地たる本件土地を占有していたのであるから、右贈与の意思表示により本件土地および地上建物の占有は簡易の引渡により房吉から美代子に移転されたものと解すべきである。そうすると、本件贈与はすでに履行を終つたものであるから、書面によらざることの故にこれを取消すことはできない。

(二)  (予備的主張)

かりに本件贈与が右取消を免れないものとすれば、これを単なる贈与ではなく、死因贈与ないしは美代子が永年生計を維持したこと等を対価とする有償的所有権譲渡行為であると主張する。そうすれば、書面による必要はない。

二、抗弁(二)に対し

(一)  房吉の遺産が本件土地及び地上家屋のほかなかつたことは認める。

(二)  (再抗弁)

被告の遺留分減殺請求権は、房吉の死亡した昭和三七年二月二六日か、おそくとも本訴提起時である昭和三九年四月二〇日頃から三年以上を経過しているので、その行使当時すでに時効により消滅している。

証拠≪省略≫

理由

原告主張の贈与の事実ならびにその効力に関する判断はしばらくおき、被告が昭和四一年一月八日福富タマヨに本件土地を売渡し、同年四月二五日右売買を原因として同人に対し所有権移転登記手続をしたことは、原告において明らかに争わないところであつて、右事実によれば本件土地の所有権は右売買および登記により終局的に右福富に帰属するにいたつたものであるから、かりに本件贈与が有効に存するとしても、原告はもはやこれに因り取得した所有権を主張する余地はないものというべきである。

けだし右はいわゆる二重譲渡の場合であり、二重譲渡における各譲受人はいずれか一方において対抗要件を具備しない限り、相互に他方の譲受人その他の第三者には対抗しえないが、譲渡人その他右第三者に該当しないものに対してこれを主張しうる所有権を取得するものであることは多言を要しないところである。

しかしながら、右は相互に対抗要件を欠缺する特異な状態における所有権の在り方であつて、ひとたびいずれか一方の譲受人が対抗要件を具備したときには、右の特異な状態は解消し、一個の物の上に両立しえない物権の並存を許さない排他性の原則にたちかえつて、当該譲受人は他方の譲受人その他の第三者に対抗しうる完全な所有権を取得する反面、他方の譲受人はその反射的効果として、たとえば時効取得あるいは即時取得において従前の所有者がその所有権を喪失するのと同様に、その有していた第三者に対抗しえない所有権すらも喪失し、物権的には完全な無権利者となるものと解するのを相当とする。(譲渡人と右の譲受人との間の債権的な権利義務の問題はもとより別個に考えるべきである。)

そして、右反射的効果は、これを受ける譲受人が対抗要件を具備していなかつたこと自体の効果とは異るから、譲渡人その他第三者に該当しない者においてこれを主張することも、何等対抗要件の理論に反するものではなく、許容される筋合である。

そうすると、原告はもはや本件贈与の贈与者である亡浜本房吉の相続人である被告に対する関係においても本件土地の所有権を有するものとはいえないから、本訴請求中所有権確認を求める部分の理由のないことは明らかである。

次にまた、所有権移転登記請求についても、上記の如く無権利者となつた原告にかような登記請求権を認めるべき何等の必要もなく、贈与契約上の義務としてもすでに履行不能に陥つているというべきであるから、いずれにせよ失当たるを免れないのである。

よつて、その余の判断を省略して、原告の本訴請求をすべて棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(胡田 勲)

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